5月25日(金)

クスコ

標高2000mのマチュピチュから3400mのクスコに移動。空気が薄い。息苦しかったり、足が重かったり、頭痛がしたり、眠かったり、いろいろな症状が複数のメンバーに出てきた。ホテルでは酸素ボンベとコカ茶が用意されていて、何人かはボンベのお世話になったり、進んでコカ茶を飲んだり、各自、体調管理に気を配りながら、お喋りも控え、ゆっくり歩いた。

 クスコはインカ帝国の首都で、インカ時代の建造物が数多く残る。カミソリ刃1枚通さない精密な石組みをいたるところで見ることができる。16世紀、スペイン人の征服者たちにより、インカは山奥へと追いやられ、スペイン人はインカの礎石の上に豪華な教会や邸宅を作った。この不思議なコントラストがクスコを特別な町にした。インカが支配していた地域とクスコを結ぶインカ道は現在も至るところに残っていて、当時の橋、トンネル、灌漑用水などが近郊の村では今もそのまま使われている。人々の生活の中に息づいているインカを感じる旅となった。

サント・ドミンゴ教会・修道院(コリカンチャ=太陽の神殿)

この場所は、インカ帝国時代、コリカンチャと呼ばれる太陽の神殿だった。スペイン人は黄金を取り除き上部を壊し、土台の上に教会を建てた。その後、大地震が起こるが、教会は無残に崩れ落ち、土台の石組だけはひずみひとつ起こさなかったため、インカの石組の精妙さを示す証拠となっている。

サクサイワマン

クスコの北西にある巨大建造物。3層の巨石が22回のジグザグを描きながら360mにわたって続く。スペイン人に反旗を翻した2万人の兵士が籠城したが、敗れ、城壁や円塔の大部分は破壊されたという。使用された石は遠くはオリャンタイタンボからも運ばれ、完成までには1日2万人約80年かかったという。町全体がピューマの形をしているクスコの頭部に当たり、また町が一望できる好立地にあり、クスコの管理事務所的役割があったのではいわれている。

ケンコー
インカ帝国の祭礼場であったといわれこの場所は、石を組み合わせたのではなく、石を削って作られている。岩全体がモニュメントのようになっていて裏側は半洞窟になっていて、皇帝が座った玉座やいけにえの台も残る。
プカ・プカラ&タンボ・マチャイ

〈プカ・プカラ〉プカとは赤いという意味で、石に赤色が残っていることから「赤い要塞」と呼ばれている。見晴らしがいいことからクスコへ出入りするものの見張りとタンポ・マチャイで沐浴するインカ王に近づく危険人物がいないか目を光らせていたという説がある。

〈タンポ・マチャイ〉聖なる泉と呼ばれ、雨季、乾季を通して常に同じ量の水が湧き出ている。水を崇めるための場所だったとされている。源は未だわからず、サイフォンの原理を利用して水を引いている説がある。標高3800m以上のにあるため、皆、ゆっくりゆっくり、自分のペースで完歩しました。

プカ・プカラ
タンポ・マチャイ
クスコ中心部のレストラン
クスコではご馳走だというネズミ料理を一人一切れずついただく

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